電子書籍の正しいあり方
出版社はネット世間で言われているより電子化に力を入れていると思っていて、そのうち現状の電子出版やオンデマンド出版についてまとめておきたいなぁと思ってたんですよ。どうせウェブメディアではやってくれないと思うし。
そんな時、いつも読んでるコラム「本と本屋さんの夕日」で「本の歴史」のシリーズが始まっていて、その中の「文庫本の歴史」を読んだ時に思うことがいろいろあったので、ざっくりと書いてみた。
「文庫」としての電子書籍
電子書籍に求められていることが「安価」「省スペース」ということなのであれば、現在の「文庫」がそうであるように時間が経過した売れ線を出版するのが正しい方向性であろう。
文庫落ちしたものをさらに「安価」「省スペース」にするのが「電子書籍」であると定義すれば、文庫が出て時間が経ったものを積極的に電子書籍としてリリースしていくべきだ。
(また、そういう作品のほうが作者の理解も得られる可能性が高いのではないかな?)
あるいは、文庫化するほどではないと判断されている単行本についても電子書籍化ならしてもよいという判断はあるかもしれない*1。
在庫をもたなくて済むということは、刷り部数で支払っていた印税――つまり前払いしていたものを後払いにできるということだ。その分は出版社的にはコスト削減になる。
ただし、取次に卸さないということは、出版社にも前払いされないということでもある*2。電子化が進まない理由の1つはこの資金繰り問題なのであって、それさえ解決するならば出版社は積極的に電子書籍をリリースするんではないかな。
だとすれば、例えば電子書籍を扱うサイトが一定部数分を先払いしてくれるのであれば、喜んで電子化する出版社はあると思う。
ちなみにアメリカでkindle向けの電子書籍が遅れてリリースされるのを問題視しているような記事もあるけれど、「文庫」という出版形態を知っている日本人としては当然のこととしか思えなかった*3。
そもそも情報の鮮度によって価値(価格)が変わるのは当然のことだし、逆に時間が経過しても価値があるという点が書籍に求められていることなのだから、「一定期間経過後に電子書籍として安価でリリース」という形態は正しいことのように思う。
――それにしても、アメリカの本は結構高いのね。多分日本で1,000円で電子書籍を売ったら「高いよ!」って文句言われる気がする。
「電子書籍」向けに再編集してリリースすべき
読者も出版社も「既存の書籍を電子化する」ことしか考えていないみたいだが、それじゃダメだ。出版社としてはコスト削減のために見送っているのかもしれないけれど、文庫化するときのようにちゃんと電子書籍向けに再編集していくべきだ。
再編集の方向性はいくつかある。
代表的なものは、時代の経過にあわせて加筆・修正することと、シリーズもの等の場合はまとめ直すというもの。
これらはどちらも文庫化する時によくみられる形だ。これを電子書籍でもやるべきだろう。
特にシリーズものについては(ページ数にもよるけれど)まとめて1作品としてリリースするべきだ。紙媒体だから分冊にしているのであって、電子書籍で分冊にする必然性はないのだから。
また、まとめることで販売価格を引き上げることができるから、単価が下がった分をある程度カバーできるというメリットもある。
たとえば『みゆき』(あだち充)は新書判で12巻だったわけだけど*4、電子書籍はこれを1冊として3000円くらいで販売する、というのもアリだろう。
ちなみに文庫版は610円×6巻=3660円になるので、そんなに安くはなっていない*5。同じく全12巻の『ラフ』の文庫版は710円×7巻=4970円なので新書判とほとんど値段は変わらないように、出版社は一定以上の安売りはしないようにしている*6。もっともこれは、新書判のコミックが異常に安いためであって、B6判やA6判のコミックの電子書籍化であればもっと値頃感が出る価格設定にできると思われるし、一般書籍の電子書籍化であれば充分に値頃感を出せるだろう*7。
ページ数(巻数)が多い場合は、「○○編」という形で区切ってまとめるべきだろう。
このあたりは販売価格をどれくらいにするかを基準にして、価格が高すぎるようなら「上下巻」くらいで分けるのもありかもしれない。
(前述の『みゆき』を3000円で販売するのは値頃感がないと判断するなら、上下巻にして1500円で販売すると良いだろう)
あるいは、漫画のコンビニ本のように再編集したものを電子書籍用としてリリースするのもアリなのではないか*8。コンビニ本は増刷してる様子もなさそうなので、あれをそのまま電子書籍用として流通させるのは悪くない考えのようにも思える。
(コンビニ本がどのように成立したのかが分かる資料ってあるんだろうか。もしあるのなら、それは電子書籍普及の参考になるかもしれない)
電子書籍の価格を下げたくないのであれば、紙媒体にない価値を加えるべきだろう。
たとえば漫画の場合、雑誌掲載時にカラーだったものを単行本収録時にモノクロにするのは、単に印刷コストの問題である。であれば、コストが変わらない電子書籍版にはちゃんとカラーで収録すべきだ。
そうすれば、仮に単行本と電子書籍を同時に販売して、電子書籍版の価格が紙の単行本とあまり変わらない価格で販売されたとしても正当化できるし、買う方も「それなら安くなくてもしょうがない」と納得するのではないだろうか。
(少なくとも僕はカラーで収録されるのは価値があると思っているので、電子書籍が安くない理由としては納得できる。)
kindle向けには文庫や新書と同じ値段で充分かもしれない
そもそも日本には「文庫」があるおかげで書籍は充分に安価・省スペースでリリースされているのである。電子書籍が普及しない理由の1つは文庫に対する競争力がないからだろう。
少なくともアメリカのkindleで販売されている価格は文庫本より高いわけで、果たしてkindle向けにその値段で配信してどれくらい売れるのだろうか。著作権切れの書籍ですら4ドル程度はするわけで、印税などを加えたら簡単に文庫本程度の価格になるはずだ。
その値段で販売したら例によって「高すぎる!」という文句が出るのではないかな?
逆に、文庫本の価格ならはアメリカの書籍に比べて安価に販売されることになるので、そのままアメリカで販売できれば出版社にとってはプラスになる可能性があると思われる*9。特に漫画の単行本を同じ値段で販売すればかなりのインパクトになるのではないかな*10。
おそらくこんなことは出版社でも分かっているはずだ。やらない理由があるとすれば、先にも書いたように資金繰りの問題だったり、あるいはコストの問題なのだろう。
kindleの日本版が始まるなら、おそらく紙媒体とほとんど変わらない価格設定になるだろうし、その値段で他国で販売できるのなら悪くないと思うのだけれど。先進的ネットユーザーは文句を言うんだろうなぁ……。
*1:電子書籍がもう少し一般的になったら、電子書籍を文庫より先にリリースして、売れそうなら文庫化するという形になるかもしれない。
*2:著者への支払いとは違って事実上の借金なので、売れなかった場合はマイナスになるのだけれど。
*3:「3ヶ月後は早すぎる」とは思ったけど。文庫として安価にリリースされるのは普通2~3年後なので。もっとも、kindle向けは文庫より高そうなので、それくらいの間隔でもよいのかもしれない。
*4:1巻を今の値段で420円とすると、5040円。ただし当時の単行本は360円(税なし)である。
*5:ちなみに印刷媒体がなくなって削減できるのは1割程度とのこと。3000円という値付けは出版社的には「無茶言うな」と言われる価格かもしれない。
*6:こう書くとすぐに出版社を悪者にする人がいるけど、値段を一定以上にしないと著者にもまともな入金がなくなるということもある。印税「率」しか見ない人もいるけど、1万円の50%より100万円の10%のほうがいいし、そもそも日本の出版社は刷り部数で印税を支払ってることが多いので、売れない書籍に対する印税率は10%より大きくなっているのです。
*7:とはいえ、日本の「文庫」は既に充分に安価なため、文庫より大幅に安くなるとは考えにくいですが。
*8:コンビニ本も通常の単行本よりそんなに安いわけではない。
*9:ついでに、Googleに対抗できるという意味ではオイシイかもしれない。
*10:そんなことするとVIZ MEDIAが死にそうなので、一ツ橋系はやらないかもしれないけど……。