版下権を出版社が必要だと思う理由

版下権を出版社が必要だと思う理由

 版下権*1を出版社が必要だと思うようになった理由などを考えてみたいと思います。

 出版では基本的に他社から再刊行するときは、新しく「版」を作り直します。なぜなら「版」を利用できるのはあくまでそれを作った版元だけだからです。これは不文律の大前提だと思います。

 ところが近年、勝手に「版」を使われることが次々に起こりました。おそらくGoogleBooksが一番大きくて、次が自炊代行でしょうか。

 自分たちの「版」を勝手に使われるのは版元として大変困るわけですが*2、現状ではそれを制限することができないわけです――ゆえに「版下権が必要だ」という流れになったのだと思われます。

 したがって、GoogleBooksや自炊代行などが勝手に「版」を使うことを制限できるのであれば、版下権でなくて出版権の拡大でも*3、版元としては問題ないんじゃないかと思います。

どうして「版」にこだわるの?

 「版」は著者の「原稿」のみで出来ているわけではないからです。

 ここで触れられている件以外にも、図版やイラストなど著者以外の手によるものが存在します。また組版についても著者がやっているわけではありません。

 それらを1つにまとめて「版」を作り、利用するのが版元の重要な役割ですので、それを奪われるのは(勝手に利用されるのは)大変困る、ということだと思われます。

海賊版対策」って本当?

 雑誌は権利が複雑らしく海賊版対策が難しいようです。もし版下権があれば出版社が主体となって複製(配信)の停止ができるでしょう。

 また出版社が想定している「海賊版」は、自社の作った「版」を使って他社が複製する行為を全て含むと思われます。つまりはGoogleBooksや自炊代行も「海賊行為」の一種ですので、それらを含めて対策するつもりは充分にあると思います。

漫画家さんが懸念しているのは何故?

 僕は常々「漫画」と「漫画以外」を分けて考えるべきだと思っています。それは漫画は他のものと違い「原稿」がほぼそのまま「版」になっているからです。

 書きながら気づきましたが、昔は写植などを貼って「版」になったものを著者に返却しているケースがあったはずなので、「版=原稿」と考えている方も多いかもしれません。

 ですが実際には「ノンブル」「柱」など、「原稿」そのものではない部分を含めて初めて「版」になっているのであり、他の「原稿」と同様に「原稿」そのものは著者が自由に再利用できると出版社のほうでも考えているでしょう*4

(少なくとも出版社が付加した「ノンブル」「柱」などを消せば「原稿」に戻るとみなされるでしょう。実際他社で再刊行される場合は「ノンブル」「柱」は別のものになっているのではないでしょうか)

 実際、デジタル化以降は「版」になった状態の原稿は返却されていないと思いますし、逆に「原稿」は自由に使えるという返事をいただいているはずです。

 ただ、そういう懸念があるのは分かりますので、「映画の著作物」のように「漫画の著作物」を規定してもらい、確実に漫画の原稿は「版」ではなく著者のものであるように働きかけるのがよいと思います。

(2012-05-02追記)

 予想通り著作隣接権に関しては結局「出版権の再定義(拡大)」のようなものを求めているみたいな気がします。

詳細PDF

 「現状とあまり変わらないならいったい何の意味があるの?」と言ってる方もいるようですが、上述したように「自社が制作した版を他社に勝手に使わせない」ためだと思います。

(例えば現状では制限が難しいということがGoogleBooks関連で分かってますから)

*1:隣接権とか原版権とか版面権とか色々言われているものをここではとりあえず「版下権」と記述します。

*2:多分レゾンデートルに関わります。

*3:例えば、電子配信を含め「複製」「送信」は出版の一部であり、制限することが出来るならば問題ないでしょう。

*4:逆に「版」は漫画家のものでないゆえに、出版時に比べてクオリティが落ちるという話があったりもします。つまり出版時のクオリティは版元の労力で担保されているとも言えるでしょう。