梅田望夫さんに『世間さまが許さない!』を薦めたけれど、内容に全て賛同しているわけではないのです。

梅田望夫さんに『世間さまが許さない!』を薦めたけれど、内容に全て賛同しているわけではないのです。

 というわけで、『世間さまが許さない!』(岡本薫/ちくま新書)を読みながら気になった点のメモ:

第1章 本当に日本人がダメなのか

  • 日本(日本人)が外国――特に欧米――を無理に真似する必要はないと思う。
    • ただ、ヨソのいいとこを真似するのはそれはそれで日本的ではあると思うので、「真似するな」とも思わない。特に欧米と違って「あらゆる外国のことを気にする」のは日本くらいだと思うし。
    • 欧米は欧米しか見てないしね。
  • 日本人が基本的に「ルールよりモラル」で物事を判断/評価しているってのは説得力がある。
    • ただ、欧米も最後は「キリスト教的モラル」なんじゃないのかな? って気はするんだけれど。
    • その意味で「同じモラルを前提としている」のは、日本も欧米も変わらない。
  • ルールとモラルが食い違っているときに
    • ルールを変えるのが欧米
    • ルールを変えずに「世間の空気」を変えるのが日本
    • ――なのかもしれない、とは思う。
  • 日本がルールを変えないのは、ルールを変えるためのコストがやたら高いから
  • というか、日本は無駄に器用なので(所与のルールでなんとかするのが得意なので)、ルールを変えてなんとかしようという発想が薄いのでは?
    • 欧米がルールを変えても、それならそれで対応しちゃうというか。
  • そういえば、日本がルールを変えようと思わないのは「自然が過酷であり、それに適応して生きてきたから」みたいなことを養老孟司が言っていたような気がする。
    • 自然環境を変えるのが欧米、自然環境に合わせるのが日本、みたいな。

第2章 何でもモラルで考える「日本的モラリズム」という文化

  • 「システムの問題」を「モラルの問題」にしてしまう、というのは確かによく見かける光景だし、その点に関してはイヤだなと思う。
    • 「がんばる」「気をつける」とかありえんだろ、みたいな。
  • 同じように「コストの問題」も「モラルの問題」にされちゃうのがイヤだ。
    • そのコストではどうにもならないちゅうねん。
    • そういうときに「がんばる」「気をつける」で済むのはありがたいとは言えるけど。まあ改善はされんよな。
    • 問題を解決するためのコストを出さないんだから。
  • 国益を明示しない」のと「ポジショントークを嫌う」のは同根なのかねぇ。

第3章 「日本的モラリズム」がもたらす「自由主義と民主主義」の機能不全

  • 内心の自由」が認められていない、というのはよく感じる。
    • おかげさまで子供のころからいろいろ揉めてたので……。
    • そういやアナウンスなどで「ご理解とご協力」とか言うのもこのせいか。聞くたびに「協力はするけど、理解はできん」とか思う(そもそも理解するための説明をしないし)。
  • 「責任」が分からないのは「自由」を知らないから、ってのには説得力がある。
    • 自由に発言して炎上したときに相手のせいにしてみたりね。
  • 自分の「自由」と他人の「自由」は対立するわけだけど、対立した時の対処方法を知らないというか。
    • 政府(行政)に何かを訴えるのは、それが正義(世間さまのモラル)だと思ってるからじゃなくて、互いの正義を仲裁するのが政府だと思っているからなのかもしれない。
  • 「心をひとつに」とか「同じ気持ちで」みたいな標語で行動するのは個人的にはイヤ。
    • 同じ理由で「心」とか「気持ち」とかを全面に出している意見や議論は相手にしない。


 「日本人は民主主義に向いていない」以降へ続く