ロングテイル論のうさんくささ
ロングテイル論のうさんくささ
ロングテイルっておおざっぱには今まで氷山の一角しか認識できなかったけど、ネットのおかげで海の下も認識できるようになったなぁ、という話……だよね。たぶん。
海面下の大きな部分が見えるようになったけど、その価値は今まで見えていた部分の1/5以下、というのがパレートの法則。
でもよく見かけるロングテイル論では氷山と同様に、海面下のものも同等の価値があるように言っている、気がする。ここがロングテイル論の気持ち悪いところ。
ネットのおかげで見えなかった部分が見えるようになって、氷山の一角を構成するモノが今までとは変わる、っていうんなら分かる。たとえば、
売れないはずの80%の製品が、今や売れるようになってきているのだ。特にこの傾向は、倉庫に在庫を持つ必要のないデジタルコンテンツで顕著になりつつある。「長いしっぽ」が世界に革命を起こす
に書かれているように、ネットのおかげでニッチが売れるようになってきた、という話まではいい。
でも、売れた結果をソートし直したらやっぱりパレートの法則に従うんじゃないの? というのが僕の疑問。この疑問に対する回答を見たことがないので、どうにもうさんくさいマーケティング用語にしか見えないんだよね。
個人的には
2000年3月10日からさらに5年前(つまり今から10年前)といえば、インターネット・ブームが始まった時期であるが、その頃しきりに言われていたのは、「インターネットの世界は超巨大な存在と個に限りなく近い極小の存在とに二極分化していくはず」ということだった。 3/10/2000から既に5年が・・・
という考えのほうがしっくりくる。パレートの法則以上に格差ができる、つまりベキ分布に従うようになるのがネットの世界ではないか、と。
あるいは、膨大にあるニッチの中にあるものがいったん価値を持てば一気にマスに登りつめる、つまり再編成が起こりやすいのがネットのキモだと思っていた。
なので、ロングテイル論のキモが
「長いしっぽ」が世界に革命を起こす
- マスからニッチへのシフト。
- 供給過多経済――要するに商品棚がいつも商品であふれているという状態で何が起きるか。
- 数多くの小さなマーケットが集まると、巨大市場に成り得るということ。
だとすれば、それはどうにも実現するような気がしないのです。